fragment 2

日本の銀幕に登場した頃のマリリン・モンローは白痴美と評された。今でも覚えているが、銀座のどこかの映画館に、滝の上に寝そべってひじまくらをし、真紅なべにをさした口唇を半びらきにし、うっとりと媚を売っている彼女のとてつもなく大きな看板がかかげられコカコーラ的な、シボレー的なヤンキー趣味を、基地の町のようにうたいあげていた。
平岡正明

問題なのは、マリリンはいったい人間なのか、あるいはかつて開発された最も偉大なデュポンの新製品の一つなのか、分からないということだよ。彼女はみかげ石のような胸をして、スイス・チーズのように穴ぼこだらけの脳みそを持っているね。
ビリー・ワイルダー

私は成長するにつれて、自分がほかの子と違うことに気づきました。私の生活にはキスもうれしい約束もなかったからです。私はいつも寂しくて、死にたいと思いました。そして白日夢によって、自分を元気づけたものです。私はほかの子が愛されるのを見ても、自分がそのように誰かに愛されるなどとは、夢にも思いませんでした。それは私の空想の及ばぬことだったのです。そこで私は、自分が(神様以外にも)誰かの注意をひき、大勢の人に私を見つめさせ、私の名前を呼ばせることを夢見て、自分をなだめました。
注意をひきたいというこの願望は、日曜日ごとの教会における私の悩みと、関係があったと思います。私は席に着くや否や、オルガンが響き誰もかれもが賛美歌を歌っているさなかで、着ているものをみんな脱ぎ捨てたいという衝動に駆られるのです。私は神様とほかのすべての人に見てもらえるように、素っ裸になって立ち上がりたくてたまりませんでした。それで裸にならないよう自分を抑えるために、歯を食いしばり、両手を押さえつけておかなければなりませんでした。私は時々激しく神様に祈り、自分が着ているものを脱ぎ捨てるのを止めてくださるように懇願しました。
私はこのことを夢にまで見ました。夢の中で、私は何にも下着をつけず、フープ・スカートを協会に入っていきました。穿いて人々は教会の通路に仰向けになって寝転んでおり、私がその上をまたいでいくと、みんな私を見上げるのです。
裸で姿を見せたいという私の衝動や、それについての夢には、羞恥心も罪悪感もありませんでした。人々が私を見つめるという夢は、私の寂しい気持ちを減じてくれました。私が裸の姿を見てほしいと思ったのは、自分の着ているものを恥じていたからだと思います――いつもいつも色あせた青色の貧乏たらしいドレスだったのですから。裸でしたら、私はほかの子と同じであり、孤児のユニフォームを着た子ではありませんでした。
マリリン・モンロー